越生通信7月

2018年7月8日

■ 越生教会に隣接するみどり幼稚園と今年も一緒に交流する機会を持つことができ、感謝です。6月9日(土)みどり幼稚園ファミリーデー園内オリエンテーリングで、越生教会の紹介として、みどり幼稚園のお友達へ「神さまからの手紙」を作り、当日玄関入口で、皆さんに手渡すことができました。ある一組の親子は、初めて、教会の中まで入り今まで一度もここへ入ったことがなかったということをお聞きして、同じ敷地内にあるのに、教会と幼稚園の交流は、限られていている現状を改めて痛切しました。でも、新園長になってからは、教会に対する理解もあり、これからもっともっと、教会を知ってもらい、親子で教会へ出席される人が出るようにと祈っています。

パンフレットみどり幼稚園児に配布した(神さまからの手紙)

■6月14日(木)花の日礼拝を、みどり幼稚園の子どもたちと共に、越生教会礼拝堂で守ることができました。子どもたちがお家から持ってきたお花を、講壇前のテーブルに飾り、「麦の種」のお話を江田牧師から聴き、麦の種の歌を皆で歌いました。子どもたちからは、「花よ花よ」の素敵なプレゼントをいただき、教会からは、手作りバックの中に、大好きなキャンデーのおみやげに、みな大喜びでした。その後、子どもたちは、普段お世話になっている方々へ、お花をお届けしました。

花の日の集い

おみやげの手作りキャンデーバック

 

 

 

 

 

 

 

 

―私に影響を与えた人―

M.O

 私が生まれ育った家は、先祖代々仏教徒の農家でしたから、イエスさまも、クリスマスの言葉さえ知らずにいた幼少時代でしが、私には8歳違いの兄からイエスさまの話を聞くようになったのが、小学生の3~4年生の頃でした。その兄がキリスト教の思想に初めて触れたのは、やはり4~5年生の頃母屋に埃にまみれた箱の中に小さな小冊子が出てきて読んで見ると、それは朝起きて顔を洗い太陽を礼拝する人がいるけれど、太陽は動植物にとってなくてはならない大切なものであるが、この太陽をお造りになった、太陽を礼拝しなければならないと記されておりました。兄はその後、村で唯一クリスチャンの方を頼り、クリスチャンを紹介して頂き、村の青年を集め、我家で集会をしておりました。私は、まだ小学生だったので、大勢の人が来てくれるのが、嬉しかっただけでした。その後、実家を離れておりましたが、20歳になった時、兄の友人からキリスト教主義の幼稚園を紹介され、園長より、イエス・キリストのお話を聞くようになりました。その後また、兄の友人から結婚話があり、今の主人と出会いました。そして、これもまた、偶然、越生教会の隣接に住むこと50年が過ぎました。私の人生は、本当に自分からキリストを求めたのではなく、逆に、主イエスからのお招きによって導かれたのだと思います。また、私は特に大きな試練に出会うことなく過ぎましたが、大なり小なり悩み迷い、苦しみ、悲しみもありましたが、いつも次のみ言葉を思い起こされます。それはフィリピの信徒への手紙4章6~7節です。「どんなことでも思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。」

 私は、この御言葉を心して、これからの人生を歩んでいきたいと願っています。


■人を思いやるには

 「いつも、塩で味付けされた快い言葉で語りなさい。そうすれば、一人一人にどう答えるべきかが分かるでしょう」(コロサイ4・6)

私たちは、機械文明の中で生活しています。周りの生活感覚の中で幼い時からすぐに手に触れているスマートホンを持ておもちゃ感覚で遊んでいる幼児の姿を、病院の待合室でよく目にするようになりました。

コンピューター時代になると一見、ヘッドパワーが万能のように思われがちですが、本当はハートパワー(共感、思いやり)がますます求められることになります。機械にまかせられるものはすべて機械にまかせて行く時代になり、機械まかせの部分が多くなるばかりの今日なればこそ、ハートパワーが求められてくることになるのです。

私たちの周りの世の中を見て、日々の生活の中で報道されるニュースは、目を疑うような事件、事故が報道されている現実。また、心身共に病んでいる人に、どのように手を差し伸べていくか求められています。私たちは皆、自分に関心をもってもらいたいという強い願望を生まれながらにもっています。ですから、全然関心を持ってもらえないのは、精神的に大きな苦痛であり、それに耐えられないのです。私たちはいつも自分と同じ心持になってくれる人を求めています。

「相手の身になってと言いますが、そのつもりでしたことが相手の重荷になっている場合もあるのです。それこそ相手の姿の中に、自分と同じ弱さを見て、物が言えないこともあります。この共感、この沈黙、それが人間関係に節度を与えることでしょう。そして、人と人とを結びつけるのは、あれこれするよりは、この節度である場合がかえって多いものです。」

ヘッドパワーというものは、買うことができますが、ハートパワーというものはなかなかお金で買うことができません。さあ、皆さんの身近な友人、知人あるいは、困った人を見て、今、自分のできることはあるか、相手を思いやる気持ちになれる人、親身になって相手のことを心配できる人になれるでしょうか。