近況報告

越生通信12月

「人は皆、草のようで、その華やかさはすべて、草の花のようだ。草は枯れ、花は散る。しかし主の言葉は永遠に枯れることがない。」 (ペテロ一1・24

越生町の山の上にある教会は、神の創ってくださった大自然に包まれています。そんな中で多くの恵みを頂いています。特に四季折々の恵みを活用して、主日礼拝の講壇のお花を活けてくださる沖姉のお働きは素晴らしいものです。ところが彼女が病気になり、しばらく教会へ出てこられなくなった時、彼女の活けてくださっていたお花が今まで当たり前で備えられていたことが、どんなに素晴らしいことであったか感謝せずにはいられませんでした。

彼女も病気が治り、またいつものように講壇のお花を活けてくださる11月の下旬、講壇の前の花は、紅葉したもみじの葉、菊の花と笹百合などのお花が色とりどり入っているのを見て、礼拝に参加された皆さんは説教と共に秋の紅葉を楽しみました。

12月第一主日礼拝では、講壇の前にポインセチアとアドベントクランツのローソクが一本灯りました。

 


―祈り―

M・A

 「この世の最上の業は何?楽しい心で年をとり、働きたいけれども休み、しゃべりたいけれども黙り、失望しそうなときに希望し、従順に、平静に、おのれの十字架をになう。」これは、ヘルマン・ホイヴェルスの「人生の秋に」の随想集の中にある「最大のわざ」の詩だ。「若者が元気いっぱいで神の道を歩むのを見ても、ねたまず、人のために働くよりも、謙虚に人の世話になり、弱って、もはや人のために役立たずとも、親切で柔和であること。老いの重荷は神の賜物。」・・・・・・と続く。神の賜物とは恵みとして与えられたもの。だから素直に受け取りなさいと。

「古びた心に、これで最後の磨きをかける。真の故郷へ行くために。おのれをこの世につなぐ鎖を少しづつ外していくのは、真にえらい仕事。こうして何もできなくなれば、それを謙遜に承諾するのだ。神は最後に一番よい仕事を残してくださる。それは祈りだ。手は何もできない。けれども最後まで合掌できる。愛するすべての人のうえに、神の恵みを求めるために、すべてをなし終えたら、臨終の床に神の声を聞くだろう。『来よ、わが友よ、われなんじを見捨てじ』と」 この詩に出会えたのは、今から十年ほど前のこと。老いを感じ始めたころだった。仕事のこと。家族の行く末のことなど。気にかけたらきりがない。いつかは何もできなくなる日がやってくる。無理をしなくていいんだ。自分に言い聞かせていた。そんな折、主人の姉が原因不明で歩けなくなり、やがて骨の癌だと分かった。飛び回っていた人が、ベッドに釘付けの日々となった。不安な姉に、私はこの詩をベッドの傍らで語りかけるように読んだ。神さま、どうぞ、姉の心が平和でいられますようにと。姉は、「自分の寿命はいつまで?」と何度も聞いてきた。医師は半年と言ったが、私は伝えられなかった。寿命は、神さまの領域だから。姉は静かにこの詩を聴いてくれた。(次月号に続く)


―神さまからの休暇―

「わが子よ、心せよ。書物はいくら記してもきりがない。学びすぎれば体が疲れる。」(コヘレト12・12)

越生教会恒例の秋の音楽会は、11/11(日)に、「チェロ&マリンバのハーモニー」の演奏をみどり幼稚園ホールで開催することができました。しかし、その前後は牧師の仕事量が大変重なり、その上、音楽会前日にもう一つ急用が入り、私の頭の中は4つの原稿が右往左往していたので、音楽会当日は演奏を楽しむよりも、すべてをこなす難しさを感じたのですが、神さまはすべてをご存知で何とか無事に滞りなく終わることができました。教会以外に、委員会の仕事もあり、書類作り等に追われる日々がありましたが、そんな時にかぎって次から次へ色々な課題が生まれて来るということは、とても不思議に思いました。

そんな中、神さまは私に休暇をくださいました。と言うのも、白内障の手術が先生の都合で急に決まり、ちょうど11月の第五の木曜日は「聖書に親しむ会」が休会であるので、それを使ってその前後に手術をすることになりました。病院へ行くと満床であったのか、個室へ通され、そこで手術前に静かに読書しながら、点眼液を何回も入れ、手術に備えました。左目だけの手術でしたから、30分位で全工程が終わり、病室へ戻りその後1時間安静にと言われていましたが、読書を続けていると、さすがに看護師さんから、注意を受けてしまいました。そんな時瞑想して祈る時間を与えてくださったことも幸いにして、思わぬ一日の休暇を頂いたことに感謝しました。顔半分大きな眼帯で覆われていますので、眼鏡をかけられず、家に帰ってからも、安静にしていなければいけないので、夕食は主人が牡蠣と大根のあんかけスープを作ってくれ熱いスープを頂き、ほっとした気持ちになり、忙しさにかまけている中でも神さまが与えてくださった休日に、感謝しました。「学びすぎれば体が疲れる」というように、皆さんも体を休めることをお忘れなく!


 

 

 

 

 

越生教会玄関前のステンドグラス(江田兄作)

江田 めぐみ