2022.秋

近況報告

秋が深まっています。さくら山の斜面はが曼珠沙華模様になりました。今年は栗の実がたくさん実り、働き者の手によって、いろいろな形のおいしいものになりました。そして町じゅうに香っていた金木犀が終わり、今は人びとが山の彩りを待っています。

わたしは、コロナが始まった年の4月に越生に来ました。越生教会では、人数が少なく密にならないので、コロナの中でも礼拝を続けてきました。祈祷会も続けてくることができました。感謝しています。

今度新しく、第3日曜日14時から、礼拝を始めました。初めて教会に来られた方でも、わかるように心がけたいと思っています。

最近、統一教会の問題から、宗教への警戒感が増したと言われています。この町の小さな教会にも、なにかちょっと危ない感じを持つ方もおられるのでしょうか?ご家族から質問を受けたという話も聞いています。

でも今おられる教会の信徒の方々は、それぞれの人生の中で神と出会い、ここに導かれ、長い人生を誠実に信仰生活を送られて年を重ねてこられました。ご家族も、そこに危うさは感じられないと思います。またその姿に、わたしはいつも教えられ、励まされています。だから私の出来ることは、今まで通り、教会の扉を開けて、喜んで神様のことを賛美し、神様の十字架と復活を通して示された愛と恵みを語り、この町のことを祈って過ごしていくことと思っています。

 

また、ここに説教と旅行記を載せます。

お時間のある方はお読みください。

 

説教

フィリピの信徒への手紙1章27~30節 2020.5.17(日)

佐藤彰子伝道師

「信仰のたたかい」

 

パウロはフィリピの教会の人々に一つのことを勧めています。

「ひたすらキリストの福音にふさわしい生活を送りなさい。」フィリピ1:27

キリストの福音にふさわしい生活とはどういう生活でしょう。

この時フィリピの教会の人たちは戦いの中にありました。

あなたがたは、わたし(パウロ)の戦いをかつて見、今またそれについて聞いています。その同じ戦いをあなたがたは戦っているのです。」(1:30

伝道の戦いです。フィリピの伝道については、使徒言行録16章の11節から詳しく書いてありますが、パウロは同行していたシラスと、ある女奴隷の占いの霊を追い出したことから、その雇い主たちに恨まれて捕まり、鞭で打たれ、投獄されます。しかし牢獄で大地震が起こり、看守と家族が洗礼を受けることになるという驚くべき恵みが与えられます。

 

今、この手紙を書いているパウロはまた投獄されており、場所としては、エフェソかローマであるようだと説は分かれていますが、パウロは牢獄でイエス様の福音を伝え、フィリピ1章12節にあるように、捕らえられているのに、福音は前進しています。

戦いの同士にエールと送っています。いつ死刑になってもおかしくない状況にいるパウロが、こう勧めています。

ひたすらキリストの福音にふさわしい生活を送りなさい。

 

ひたすらキリストの福音にふさわしい生活」を送れば、どんなことがあっても反対者たちに脅されてたじろぐことはない。しかしそれは、平たんな道ではなく、苦しみがある。その苦しみは恵みだというのです。「あなたがたには、キリストを信じることだけでなく、キリストのために苦しむことも、恵みとして与えられているのです。」29節

「恵みとして与えられている」という言葉は、「神様の受け身」といわれている形です。一回限り神様がそれを与えたと言う形で書いてあります。

つまりこれはイエス様の十字架の救いのことです。イエス様の十字架と復活を、神様はわたしたちに恵みとして与えて下さった。そこに神様は、わたしたちに対するすべての愛をこめられました。イエス様の十字架には、信じることとともに苦しむことが恵みとして与えられている。そして28節にあるように、イエス様の十字架は、信じる者には救いのしるし、信じない者には滅びのしるしです。

 

 ひたすらキリストの福音にふさわしい生活を送りなさい。

  この生活というのは、共同生活という意味の言葉です。つまり自分一人ではなく、人と関って生きていくということです。人とどう関っていくかということは、神様から教えられています。神を愛し人を愛して生きていくようにわたしたちは言われています。

 

イエス様はわたしたちの罪のために十字架にかかられました。それを信じて罪を悔いたものは誰でも救われます。この世のすべての人を救うために、主はこの世に来られました。しかしわたしたちは、救われてもなお神を信頼しきることができません。

「神様は自分を愛してくださっている」、と言いながら、どこか疑ってしまう。それこそがわたしたちの罪の姿です。神様はわたしたちを愛しておられる、決して見捨てない、といくら聞いても、わたしたちは神を信頼しきれない。わたしたちの信仰生活は疑いと迷いとの、まさに戦いの中にあります。

戦いの中にあれば、まだいいのかもしれません。わたしたちの生活は、平坦な日々では神を呼ばずに過ごしてしまいます。ときには神がいることすら忘れるほど、わたしたちは恩知らずな生き物です。でも私たちは困ると神様を呼び始めます。本当ににっちもさっちも行かないとき、わたしたちはお手上げとなって神を呼びます。

最後に頼るべきところを知っていることは大きな恵みです。

わたしたちが呼ぶと神様はどうされるでしょうか。神は必ずわたしたちを神のもとへと引き寄せてくださいます。そのたびに、わたしたちは御心に触れ、自分の罪を新たに悔いる、わたしたちの信仰生活というのは、この繰り返しなのではないでしょうか。しかしその繰り返しの中で、少しづつ、神への信頼がふえていく。本当に申し訳ないことですが、本当は最初から全く信頼すべきお方なのに、わたしたちはそのような道を通らないと、神様との関係が築けません。ほんとうに人間という者はどうしようもないものです。それなのに、神様はそんな人間を、御子を十字架にかけるほどに愛してくださったのです。そして決してお見捨てにならない。もうわたしたちの罪は赦された。あとは神の愛を信じて、イエス様の後に従って歩きなさいと言われます。何度も何度もわたしたちは、そう言われながら、この世を歩き続けます。

 

27節に、一つの霊によってしっかり立ち とあります。一つの霊、神様からいただいた聖霊です。この聖霊は、わたしたちにイエス様の十字架と復活の意味を、救いの意味を教え続け、神との間に立ってとりなして続けておられます。だからこの聖霊によってわたしたちはしっかり立つことができます。

 こころをあわせて福音の信仰のためにともにたたかっている

自分の信仰のためにたたかうのではないのです。福音の信仰のために、イエス様がわたしたちに教えて下さった神様からの良い知らせがこの世に伝わるために、わたしたちは共にたたかう。一人で信じていると、わたしたちの信仰は変質しやすいものです。わたしたちの信仰は、「共に」信ずる信仰です。一人一人の、「わたし」の信仰なのですが、「わたしたち」の信仰です。「共に手を取りて進む」信仰なのです。そのためにわたしたちには教会が与えられ、共に祈りあう友が与えられています。

 

こう考えてくると、ひたすらにキリストの福音にふさわしい生活を送る、というのは、自分が神の愛にふさわしくないことを心から認識して、主よ、主よ、と主を求めて生きることではないでしょうか。

イエス様を知らないと、わたしたちは自分の罪がわかりません。ですから、救われて初めて、自分の罪がわかってきます。そういう意味では、信じたがゆえに、苦しみが始まります。しかしそこには赦されたという大きな喜びが必ず伴っています。

今まで何度もこのフィリピの信徒への手紙に出てきた「喜び」も、「苦しみをこえた喜び」という言葉です。わたしたちには、苦しみも恵みとして与えられているのです。

 

あなたがたは一つの霊によってしっかりと立ち、心を合わせて福音の信仰のために共に戦っており、どんなことがあっても反対者たちに脅かされてたじろぐことはない。

わたしたちの中心におられるのは、わたしたちのために十字架にかかられ復活されたイエス・キリストです。だから脅かされても、たじろぐことはありません。

そしてどんなものもこのキリストからわたしたちを引き離すものはないのです。

 

高いところにいるものも、低いところにいるものも、他のどんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのです。(ローマの信徒への手紙8章39節)

 

祈ります。

 

天の父なる神様  あなたはわたしたちにキリストのために苦しむことをお与えになりました。それはイエス様とともに働くことであり、イエス様の愛の中に生かしていただくことです。どうかわたしたちを信じない者でなく、信じる者にしてください。

コロナで苦しむ人々、心と体が弱っている人びと、愛する人を亡くした人びと、愛する人に会えない人びと、今苦しむ人を救うためにいろいろなところで奮闘している人たちに、どうかあなたが共にあって、力づけ、癒し、平安を与えて下さいますように。

また、さまざまな困難の中で苦しむ一人一人が、あなたが生きて働いておられ、あなたがすべての人を愛されていることを知ることができますように。

この祈りをイエス様のお名前によって御前に捧げます。アーメン。

 

トルコの旅  エフェソ (3)                  浅野美枝子

 

中央通りをさらに下るとおおきな正門があり、そこから山の斜面まで左右に城壁が広がっている。城壁は幅もあり、かなり高い。この高さは、パウロをロープで下ろして逃げさせた壁の高さかと思った。 外に出ると、王家の墓が無造作に置かれた状態である。たくさんの石棺の中身はすべて略奪されてしまい空っぽだ。蓋が開きかけているものや崩れてしまったものもある。それでも、日本で見たことのある石棺よりも美しい。墓の奥のほうは茂みになっている。昔はその先に港があったと言う。

港が消えれば、人々の往来が減る。エフェソの遺跡が今まで存続できたのは、三方を山に囲まれた小高い丘だったからであろう。 ギリシャの空の色と違って、エフェソの真っ青な空に、大理石の柱の白さが光を映して美しく輝いていた。

さまざまな思いを胸にバスに戻る途中、トルコ人が「まける・まける・千円・千円」と土産品を両手に下げて近寄ってくるのが見えた。思わず足を止めてしまった私に、お菓子の箱と、青いガラス玉の飾りを持った二人が近寄ってきた。せっかくの客を逃がすまいと、どんどんおまけしてくれるのでつい買ってしまった。三個から始まったガラス玉飾りは、最後には七個にサービスしてくれた。日本の貨幣がそのまま使えたのには驚いた。ただし千円札のみで、おつりは出ない。

 

大理石の街、エフェソスに別れを告げ、バスは次の場所へ進む。トルコでは、ガイドになるには国家試験があるとのこと。私たちのガイドは、流暢な英語と日本語が話せる男性だった。そんなガイドがバスの中で、トルコは「日本を友好的な関係」の国と思っている話をしてくれた。

それは、ずっと昔のこと。日本海沖で沈没したトルコ船を、日本の漁民や村中の人たちが夜を徹して、多くのトルコ人を救出してくれたことに感謝していると語った。「その後、日露戦争があり、あの小さな国が大国ロシアに勝ったと、トルコの人たちはみんな喜んだのです。それは、大帝国だったトルコが昔、ロシアに負けた事があったからです」と。民族の威信に関わることなのだなあと聞いていた。

バスは羊の皮の店の前で止まった。パウロは、革なめしのアキラとプリスキラたちと親しかったが、皮なめしの工場はかなり腐いと聞く。私たちは工場ではなく、皮製品が並ぶきれいなお店へ案内された。軽くて柔らかな羊の皮の洋服が並ぶ。肌ざわりの良いジャンバーを勧められたが、一着十万円もするので、さすがに手が出なかった。もとより手入れの難しい皮製品は、あまり好きではなかったので。あの青色のガラス玉の飾りだけが、エフェソのお土産となった。

 

遥かなる古都 エフェソスの 秋惜しむ

 

近況報告

ホームページ 2022.春

昨年の7月に、「コロナは茶番だ」と、SNSで拡散されて、JR新宿駅に700人のデモ隊が集まった、というニュースを、今頃になって、読売電子版で読みました。その方たちは、マスクしていなかったようです。ワクチンは人体実験だ、と道ゆく人に呼びかけていたそうです。こんなに集まっている、やっぱり、この情報は本当だったんだ、と言ってる人もいたとのこと。

何が真実か。

多くの人が信じていれば真実、ではないと思います。

では、何を信じればいいか。

わたしは、イエス様の言葉かな、と。そう言われても、と思われるかもしれませんが。

皆さんは、聖書を読まれたことはありますか?聖書は本当に面白いです。といっても、良くわからないところだらけなのですが、ときどき、オーー!!!、と!がいくつも着くくらいの驚きの発見。うーん、発見という言葉は正確ではない気がします。語りかけが聞こえる?というと、怪しい思い込み、かもしれないし、でも目から鱗?のようなことが起きるのです。

家にたまたまあった聖書を読み、そこからクリスチャンになった人って、結構おられます。

そして、イエス様を信じて聖書を読んで日々導かれておられる方々にお会いすると、聖書を読んで、本当に魂が養われている、という言葉を、その生きる姿から感じます。

今日は、そんな聖書の中から、

ちょっと待て、万事休す、は思い違いかも、というテーマで書きます。

海が開いて道が現れる 話です。

コロナが長引いてきて、行き詰まる感覚がずっと続いています。一人一人の上に起こっておられる変化は、判断に迷い、不安な要素が多いのではないでしょうか。何が真実かわからなくなるし。

海が開いて道が現れる、そのときの状況というのは、エジプトで奴隷であった人々を、神様が、モーセというリーダーを立てて救い出します。しかし、彼らは、神によって、まず海辺に導かれるのです。

陸から追っ手が迫れば、まさに万事休す、です。そして、まさに、そのようになります。追っ手が追いかけてきました。

逃げてる方は、とにかく逃げてきた、子供も老人もいる種種雑多な人々。もしかしたら、モーセというリーダーは、変なリーダーなのではないか?と疑いも持っています。そして追っ手はエジプトの精鋭部隊。

そのときの神からの言葉は、次のようです。

主があなたのために戦われる。あなたたちは静かにしていなさい。」出エジプト記14章14節

そして海が開きます。人々は海へと入り、海の中の道を通り、対岸に着きます。精鋭部隊は、海に飲み込まれます。

わたしたちは、考える能力の限界があるのに、知っていることも、とても少しなのに、なぜか、それで判断し、それしかない!!と思い込みます。そして、これしかない道が閉ざされた時、万事休すと思い、絶望します。でも神様は、万事のうえの、次の手を打てる。海の中にも道が開くのです。

海が開いて道ができる話は、聖書の出エジプト記に書いてある話です。それだけでなく、この話は、聖書のいろいろなところに、たびたび出てきます。それはそうでしょう。驚くべきことだったにちがいありません。そして、神は救い出す神、奴隷状態から解放する神である、という確信を与えた出来事です。

でも、このことは、私たちの判断には限界があり、もうだめだ!!と思う。でも、そんなときも、海も中にも道をつけて救ってくださる神がおられる、ということを語っていますし、そのときわたしたちのすべきことは、神を信頼して静かにしていること。

その神は、なぜか私たち人間を愛し、救い出そうと決心されて、救いの計画を立てられた。その神が神子イエス・キリストを世に送られ、神子は十字架にかかり、わたしたちを救い出されたのです。

いきなり、話が変わるようですが、万事休すと思った時、とにかく一人で悩まないことが大事です。

わたしたちは、悩めば悩むほど、自分の中に入ってしまうし、人に相談できない理由にとらわれやすい。がんじがらめに囚われていきます。ほんとに、その、人に言えない理由はただしいですか?大事なものでしょうか?黙って一人で苦しんで、解決策に至りますか?

それでも、どうしても、人に言えなかったら、神様に祈ってみてください。聞いてくださっています。神は生きて働いておられ、あなたを愛しておられます。そして、どこに相談するか、その道も開いてくださいます。

神は、海の中にも道を開いて、行き詰まるわたしたちを救い出してくださる神です。その神が、イエス・キリストをこの世に送って、イエス様は全ての人を救うために十字架にかかられました。

神は生きて働いておられます。神は、わたしたち、一人一人が、母親の胎内で形作られるところから、今に至るまでのすべてをご存知で、ご自分の一人子を世に送り十字架にかけてもわたしたちを救おう、と決心してくださるほど、わたしたちを愛してくださっています。

いま、不安を覚えておられたら、教会を訪ねてみてください。

もし、どこかにいきたいけど、と思われたら、連絡ください。わたしは、新米ですが、他の先生方にも相談して、お力になれるかもしれません。「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。」(マタイによる福音書7章7節)

また説教と、信徒の方の旅行記を載せます。説教は、パウロの手紙、旅行記は、そのパウロが伝道したエフェソの町のことです。お時間があれば、このままお読みください。(佐藤彰子記)

 


 フィリピの信徒への手紙1章12~26節(2) 2020年5月10日(日)

越生教会礼拝説教 佐藤彰子伝道師

『生きるとはキリスト』

 

生きるとはキリスト

 主われを愛す、主は強ければ、我弱くとも、恐れはあらじ。(讃美歌461番

5月に入りましたが、まだわたしたちの不安は続いています。コロナがなかなか去りません。今日は、フィリピ人の信徒への手紙1章の12節から26節の後半部分から、ご一緒にみこころを聴き取りたいのですが、ここでパウロはこう言っています。わたしにとって生きるとはキリスト、死ぬことは利益なのです。「主は強ければ恐れはあらじ」と言う言葉と重なります。何があっても大丈夫。

パウロは今イエス様を伝えたことで、捕らえられています。いまでいう騒乱罪ということでしょう。思想犯とも言えるかもしれません。そして死刑になるかもしれないのです。この手紙の相手、フィリピ教会の信徒にとって、それはどんなに心配なことでしょう。

でもそんな状況で、この言葉を彼は口にしています。生きるとはキリスト、死ぬことは利益。そのように思えるなら、何も怖くないはずです。何の心配もなさそうです。でもパウロは生きるか、死ぬか、この二つの中で板挟みで悩んでいるというのです。生きる方がいいのか、死ぬ方がいいのか。自分は死んでイエス様と共にいられるほうがいいのだけど。でもそれでいいのか。しかも、それは自分できめられるわけではない。捕まって死刑かどうか決定を待つ身です。でもパウロは悩んでいます。

 

決め手

言葉と言うのは、受け取る人にとって、まるで違うものを連想させてしまいます。たとえば今日お読みした1章26節に「誇り」と言う言葉があります。「誇らしい」という言葉はいい意味で受け取れますが、「誇る」という言葉は「自慢」という言葉ともつながっていきます。

パウロは彼が牢獄から解放されて、フィリピの人たちに再び会うときは、「キリスト・イエスに結ばれているというあなたがたの誇りは、わたしゆえに増し加わることになります。」(フィリピ3章26節)と書いています。

  ここでいう「誇り」は「人間の生きるよりどころ」という意味です。つまりパウロが再びフィリピを訪れたら、フィリピの人たちがより強くイエス様をよりどころにして生きられる、イエス様への信頼が増すだろう、ということです。

そしてこれがさきほど触れたパウロの悩み「自分は生きるべきか死ぬべきか」と言う問題についてのパウロの決断の決め手になりました。

  「肉に留まる方が、あなたがたのためにもっと必要です」24節

「肉に留まる」というのは、「死なないで、生きる」ということです。そして、この「必要です」と言う言葉は、神様の必然とでもいう言葉です。つまり自分はしないではいられない、なぜなら神がお決めになるから。法廷が決めるようでも、それは人間が決めるのではない、とパウロは信じています。

パウロにとって死ぬことは、イエス・キリストと共にいることで、そうしたいと熱望している。しかし生きることがあなたがたのために必要だと、神は思われている、とパウロは確信している。だから、フィリピの教会の人たちとまた会えるだろうとパウロは思うのです。みこころは必ずなるのだから。

 

復活の主との出会い

 

パウロという人は、キリストを信ずる人たちを迫害していました。捕まえては牢屋に入れていました。彼は熱心にユダヤ教の教えを信じていました。つまり神様に与えられた律法をちゃんと守ることが神様に従うことと固く信じていました。

ところが、イエス・キリストという人が来られて、悲惨な十字架刑にかかり、復活された。わたしたちが神に背いた罪を許すために、わたしたちの代わりに十字架にかかられた。それを信じて悔い改めたら誰でも救われる、ほかに救いはない、という、パウロにとって新しい教えは、全く許せるものではありませんでした。パウロが聞いてきた教えとは全く違うと思いました。イエス・キリストはその上、ご自分を神の子と言っていました。とんでもない神への冒涜です。

そんなパウロが復活のイエス様に会ったのです。イエス様はパウロと直接お会いになり、あなたが迫害しているイエスだ、と名乗られました。(使徒言行録9章)。そしてパウロを「わたしの名を伝えるために選んだ器」だと言われました。パウロは信ずるものとなりました。そして自分のした過ち、それが神様に従うことだと信じてしたのに、神様が愛している人たちをひどい目に遭わせ、神様を悲しませた。なにより、イエス様を苦しめた。そんな自分をも神様は救ってくださった。

イエス様を信じる、ということはパウロが今まで聞いて育ってきたことと違う教えではなかったのです。その先の恵みだったのです。神様は人間をずっと救おうとされていた。背き続ける人間に対し、その人間が神を愛し、人を愛するものとなるために、律法を与えた。

神を愛しなさい。神の他のものを神とするな。主の名をみだりに唱えてはいけない。安息日を心にとめてこれを聖別しなさい。父母を敬え。殺すな。姦淫するな。盗むな。偽証するな。隣人のものを欲するな。

これらを守ることは人間にはできなかったのです。しかし人間は、守っているようにみせる、自分でも守っている気になるようになりました。かえって罪深い人間の本性を露わになりました。神を愛さず、人を愛さず、愛したふりができるのです。心で神様を愛さず、人を愛さなくても、神様の律法を守ることができるのです。人は神に背き続けました。

だからイエス様は来られました。ほんとうに神様を愛するように、わたしたちに伝えに来られました。イエス様は言われました。神様がずっとわたしたちを愛してくださっていること。ずっと待っていてくださること。そしてイエス様が十字架にかかって、すべての罪を担うから、あとはその救いの事実を受け入れて、その恵みにすがって、神に背き続ける自分の罪に気づきなさい。そして自分の罪を悔いて、神様に帰りなさい。

パウロは自分の犯してきた大きな罪を悔いています。だから余計赦された喜びは本当に大きいのです。

それが「生きるとはキリスト」という言葉です。パウロは熱心な人だったから、このように思えたのではなく、自分がいかに罪深いか知らされたから、それなのに、自分の為に、自分のような人間のために、キリストが十字架にかかってくださって、自分の罪を神様が帳消しにしてくださった、ということに目を開かれたから、もうキリストしかない、ということに行きついたのです。

「生きるとはキリスト」これがどういう意味かは、彼自身がこう語っています。

「わたしはキリストと共に十字架につけられています。生きているのは、もはやわたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられるのです。(ガラテヤの信徒への手紙2章20節)

 

 赦された者として生きる

 

イエス様は、借金を帳消しにする譬え(たとえ)で、たくさんの借金を帳消しにされた者と、少ない借金を帳消しにされた者と、どちらが多く金貸しを愛するか、と弟子に語りかけています。(ルカによる福音書7章42節)

パウロは自分の帳消しにされた罪の大きさに圧倒され、そしてそれがすべて赦されたことの大きな喜びに入れられました。わたしたちも同じように罪赦された罪人です。パウロは言います。「生きるとはキリスト、死ぬことは利益」。

 問「生きるにも死ぬにも、あなたのただ一つの慰めは何ですか?」

これはハイデルベルク信仰問答という問答集の初めの問いです。これを書いた二人の学者は、大変な迫害の中で生きる人を見て、気づいたそうです。生きる時も、死ぬ時も、(この当時の状況においては、「殺される時も」)、慰めはただ一つである。

 答 わたしがわたし自身のものではなく、体も魂も、生きるにも死ぬにも、わたしの真実な救い主、イエス・キリストのものであることです。

 

信仰生活は慰めが与えられていく生活です。慰めの源はイエス様だからです。こんなわたしたちがイエス・キリストの十字架と復活によって罪を赦されました。すべての罪を完全に赦されました。主のもとに帰れたのです。主のものとされました。

この信仰問答は次のように続きます。

この方(イエス様)は、御自身の聖霊によりわたしたちに永遠の命を保証し、今から後この方のために生きることを心から喜び、またそれにふさわしくなるように、整えてもくださる。

  いま、喜べない、喜ぶ力の出ない状況が次々に襲います。でもイエス様がわたしたちのために十字架にかかり、私たちと神を分断していたわたしたちの罪を根こそぎ粉砕してくださった。それを信じて受け入れた日から、神とイエス様と聖霊との交わりの中にわたしたちは入れられました。大きな喜びと平安の中に入れられたのです。

「平安あれ」「安心しなさい」とイエス様は繰り返しわたしたちに語りかけておられます。どこを見ている。しっかりわたしを見つめているか?と問いかけておられます。

厳しい状況の中でこそ、イエス様だけを見つめないと道に迷います。イエス様は苦しい時にわたしたちを決して一人にはされません。わたしたちがうずくまってしまったら、助け起こし、抱えて運んで下さいます。そしてわたしたちには、共に祈りあう兄弟姉妹がかたわらに与えられています。

ただ主を信頼して、共に今週の歩みの中に踏み出しましょう。

 

祈り

天の父なる神様

御名を賛美します。

コロナが再び広がっています。

医療関係の現場において、休みなく働く方がたをどうかお支え下さい。

ご自分が、愛する人が、生命の危険を感じている方々を助けて下さい。

心と体を病むことが、いま、わたしたちのすぐそばにあります。

自分ではどうしようもない、という事態の中で、何が正しい情報か、にも判断の決め手がなく、右往左往してしまいます。

あなたは、わたしたちを、御子を十字架にかけて、私たちの罪をすべて帳消しにしてくださるほどに愛してくださっているのに、わたしたちは、目の前のさまざまなことにとらわれて、あなたに愛されているという大きな平安がみえなくなってしまいます。

 

どうかわたしたちをとらえてください。

わたしたちの祈りを聴いて下さい。

わたしたちのそばにいてください。

 

あなたは祈ることをわたしたちに教えて下さいました。そのように祈らせてください。

 

天の父なる神様

御名があがめられますように、

御国が来ますように。

御心が天になるように、地にもなりますように。

わたしたちの毎日の食事を今日もお与えください

わたしたちに罪をおかす者を、わたしたちがゆるすように、

わたしたちの罪をもお許しください。

わたしたちを試みにあわせないで、悪より救い出してください。

国と力と栄とは、限りなくあなたのものです。アーメン

 


トルコの旅    エフェソス     浅野 美枝子

 

朝になり、イズミール港に入ったとアナウンスが流れた。船から見ると山は白い。

山と言ってもそれほど高くはない。雪かと思ったら、それは大理石でできている山だった。山の上の街「古代都市遺跡のエフェソス」は、そこが大理石の山なのでそこで彫刻すればよく、大理石の像を別のところから運んでくるのではないと知る。何千年も前は、エフェソの城壁を出るとすぐに港だったらしいが、長い間に地形が変わってしまいバスで一時間以上揺られて行く。到着したのは、エフェソの一番高い場所だった。

エフェソの街の文化は発達していた。傾斜を利用して水路を造り、その水を流して作られた水洗便所の後がある。細い溝には常に水が流れているので、石に座って用を足したとのこと。今は涸れていた。

大理石の柱がたくさん並んでいるが、崩れた石柱の間から一本の若い「いちぢくの木」が生えていた。その木は私の生家にあったものより小さい。ザアカイの木陰にちょうどよい感じの木に見えた。葉は茂っているが実はついていなかった。

中央通りの敷石には模様が彫られてあり、ロープが張られて入れないようにしてあった。モザイクで敷き詰められた通りの絵柄も美しい。何千年もの間にいろいろなものは朽ちてしまったが、巨大な石柱は黙って、ガヤガヤしながら通り過ぎていく観光客を見下ろしているようだ。

坂をかなり下ってきた。大通りの左側にある二階建ての立派な建物は図書館だと言うが、二階の窓の彫刻も十字軍に壊されて部分的しか残っていない。

右側にはパウロが演説したという円形劇場があった。ここは山の傾斜を利用して、擂鉢状になっており、山の頂上まで続いている。階段は石でできて土止めがされ、観客席も大理石のようだ。入口より一段高い場所には議員席があり、もう一つの通路の奥にはライオンの檻があった。

トルコ人のガイドは、パウロの名前を言い「彼は、ここでイエス・キリストを語ったので大衆から果物や石を投げつけられ、そしてローマに送られた」と話をしてくれた。

私は聴衆が座っていたのであろう客席の方へ向いて、しばらく耳を澄ました。ここでパウロは語った。どんな風に語ったのだろうか。目をつぶって想像してみた。全部を語らないうちに、きっと聴衆から罵倒をされてしまうのだろう・・・・。

 

秋風や 遠くパウロの 声ひろう 

(続く)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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